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TopNote花鳥風月錦秋に染まる揚輝荘・聴松閣(3)

錦秋に染まる揚輝荘・聴松閣(3)


仏教に信仰の篤かった伊藤次郎左衛門祐民さんは、釈迦生誕2,500年にあたる1934年にシャム、ビルマ、インドなどの仏跡巡拝旅行に出かけました。4か月に及ぶこの長旅で受けた感銘を、この聴松閣の地下空間で再現したといわれています。

錦秋に染まる揚輝荘・聴松閣(2) より続きます。


<旧舞踏場>

 遊び心溢れる揚輝荘の中でも、インドやアジアの影響が色濃い地階は、ひときわ異彩を放つミステリアスな空間です。晩餐を終えられたお客様は、この旧舞踏場に移動し、お酒やダンスを愉しまれたということです。

暖炉の上の踊り子のレリーフはカンボジアのアンコールトムの彫刻を模したもの。その横に彫られている樹々は、ブッダがその木の根元に座り悟りを得たという菩提樹です。


舞踏場の東側には半円形の小さな舞台が設けられています。能や狂言が演じられたということですが、他にもお芝居や演奏会などなど…何が上演されたのでしょうね。招かれた方のみが知る秘密の地下空間、まさに遊びを極めた贅沢な大人の社交場ですね。

小さな扉は切戸口で、背をかがめて登場するように低くなっています。


南側の窓にはヒマラヤ連峰の雪嶺を描いたエッチングガラスがはめ込まれています。一番高い峰が世界第3峰のカンチェンジュンガだそうです。

蓮華文様など、いたるところにインドや東南アジア風の様々な意匠が施されています。梁とカーテンの上飾りには真珠のネックレスのような意匠が繰り返されて優雅な雰囲気。
石貼りの柱の根元にはインドのアーグラ宮殿に見られる植物模様の象嵌が施されています。

<ドライエリア>

地下でも窓が明るいのは、ソファ背後の空間が半地下のドライエリアになっており天井や壁面上部より光が取り入れられているため。天井の光はテラスに埋め込まれたガラスブロックを透して取り入れられています。



こちらも菩提樹でしょうか。窓を開けた時にも殺風景にならないよう、モザイクタイルで樹々が描かれています。

<暖炉左奥手の小空間>

洗面所とも瞑想室ともいわれる、綺麗なモザイクタイルと女神像のレリーフが据えられた暖炉左奥のミステリアスな小空間。正面にはろうそく立てのようなニッチも見受けられます。朝は丸窓から朝日が差し込み厳かな雰囲気。特定の季節のある時間帯には、朝日で照らされた女神像が神秘的に輝くとか❤

<地階ホール>

地階ホール左右の壁画はインドのアジャンタ石窟の写しといわれ、釈迦一代記の中の釈迦誕生にまつわるシーンを描いたものだそうです。


作者は留学生で祐民のインド旅行に同行したパルク・ハリハラン。壁画右下に彼の署名が見られます。

<地下トンネル>

地階ホールの北側は頑丈な2つの鉄扉で閉ざされており、1つは金庫、もう1つは謎に包まれたトンネルの入口です。かつて存在した有芳軒(徳川家より拝領した)に繋がり、さらにT字型に分岐した総延長170mの大トンネルだったそうです。隠れ家説、バイパス説、防空壕説、失業者救済事業説など諸説ありますが目的は不明だそうです。マンション建設の際に残念ながら大部分が撤去されてしまいましたが、こちらの入口が謎に満ちたトンネルの存在を今に伝えています。


トンネルの入り口上部には、ホールに見られるものと同様のインド風アーチのレリーフが施されてミステリアスな雰囲気を醸し出しています。アジャンタ石窟の写しといわれています。その手前の壁には水色と白っぽいモザイクタイルがストライプ状に貼られています。

この地階のインド風の広間は当初の設計図にはないもので、帰国後の設計変更と考えられるそうです。

この頁は揚輝荘HP、館内キャプション、スタッフの方から伺った解説を参照させていただきました。